取り組み開始から約30年 ワークライフバランスの“真実”
株式会社とらうべ代表取締役社長 南部 洋子
「とらうべ時間」で“真のワークライフバランス”の実現へ
最近、当社で試験的に取り入れた「とらうべ時間」は、1ヵ月の勤務時間のうち、10時間分を業務以外のことに使える制度です。一日の勤務時間に丸ごとあてることもできますし、毎日30分ずつ使っても構いません。当社の仕事はデスクワークが多くて運動不足になりがちなので、仕事の合間にフィットネスクラブで汗を流したり、職場からほど近い多摩川のほとりをのんびりと散歩したりするのもいいでしょうね。もちろん、子育ての時間に使うこともできます。
しかし、「とらうべ時間」は運動不足の解消や子育て時間の確保のためだけに導入したわけではありません。一番の目的は、社員たちに時間をコントロールする術を身につけてもらうことです。「とらうべ時間」で何をするかは社員それぞれの自由に任せていますが、勤務時間内にとるものなので、仕事に支障を出さないことが大前提です。つまり、「とらうべ時間」を使うには、自分が不在の間でも会社や周囲に迷惑をかけずに仕事がちゃんと回るように、事前に調整することが必要なのです。
「とらうべ時間」を自由自在に使えるようになり、社員それぞれが限られた時間を上手にコントロールできれば、仕事と家庭の両面で責任を果たしたうえで両立できるようになるはずです。私はこの両立こそが本来あるべきワークライフバランスの姿だと思います。


助産師としてたくさんの赤ちゃんの誕生に立ち会ってきた南部社長。その豊富な経験をもとに、子育て社員の方々に様々なアドバイスを送っているようです。
誤った認識が招いたワークライフバランスの“負の部分”
私たちがワークライフバランスへの取り組みを始めたのは、ワークライフバランスという言葉自体がまだ世の中に広まっていない1990年頃からです。
当社のサービスは、女性の健康や出産・育児の悩みに的確なアドバイスを送るものなので、採用活動ではお客様の悩みを理解できる“子育て経験のある女性”を求めていました。しかし、そのような女性は必然的に育児と仕事を両立せざるを得なくなります。そこで子育て中の女性でも安心して働ける環境をつくろうと思ったことが、両立支援を始めたきっかけでした。
それからすぐに産休・育休や30分単位での取得できる有給休暇制度を導入。また、労働時間や勤務日数など勤務体系を個別のニーズに合わせることで、社員一人ひとりが仕事と家庭を両立できる環境づくりに邁進しました。その分、勤怠管理は大変ですが、その手間を惜しむつもりはありませんでした。
2008年にはそのような両立支援が認められ、東京ワークライフバランス認定企業(育児・介護休業制度充実部門)となりました。そして多くのメディアに紹介していただいたことで、「とらうべで働きたい」と門を叩いてくださる方が増えました。それはとても嬉しかったのですが、一方で困ったこともありました。ワークライフバランスという言葉だけが一人歩きしてしまい、“休みたい時にいつでも休める会社”という誤った認識を持つ方が少なからずいたことです。なかには、土曜にしか受講できない研修への参加を勧めたところ「それって、ワークライフバランスじゃないですよね」と言い出す方もいました。
実はその頃、私はワークライフバランスに対してある種の疑問を抱いていました。本来は仕事に影響を与えずに両立するものであるはずなのに、いつの間にか仕事への負担を軽くして両立するものになってしまったからです。また、ワークライフバランスへの取り組みは、余裕のある人員確保や福利厚生費などによってコスト面にも負担が大きくのしかかりました。そのようなことが重なり、ワークライフバランスの“負の部分”を垣間見た気がしました。


2008年に東京ワークライフバランス認定企業(育児・介護休業制度充実部門)に認定された株式会社とらうべ。「女性の働きやすさを追求した結果でした」と南部社長は当時を振り返ってくれました。
ワークライフバランス成功のカギは“社員たちの協力”
ワークライフバランスに試行錯誤していた当社に光明が差し込んだのは2011年のことです。きっかけは、社員たちが自発的につくった「両立のためのビジネスマナー」(以下、両立マナー)でした。両立マナーとは、社員全員が仕事と家庭を両立するためにそれぞれが果たすべき行動規範です。“有給休暇を取るときは周囲に迷惑をかけないようにする”“急な早退を要する場合は仕事に影響のないように周囲の了承をとる”といったルールを社員たちがつくり、徹底してくれました。
両立マナーが社員の間に浸透してからはワークライフバランスの実現に向けて大きく前進し、重要なポストを務める社員でも育休が取れるようになりました。ワークライフバランスは社員の協力があってこそ初めて成り立つ。両立マナーはそのことを教えてくれました。
■ワークライフバランス実現への取り組みは“第2ステージ”へ
ワークライフバランスへの取り組みの第1ステージでは、会社の両立支援制度と社員たちの「両立マナー」によって基礎を築くことができました。現在進行中の第2ステージでは単なる両立ではなく、仕事でも家庭でもしっかりと責任を果たした上で両立していくことが重要だと考えています。「とらうべ時間」の導入はまさにそのための施策です。
また、現在は管理職をつくることに取り組んでいます。確かに、子育てをしながら管理職として働くことは大変なことです。それは重々承知しています。それでも私は、女性は結婚して子どもを産み、さらに仕事で輝くことで成長してほしいと願っています。これは、決して譲ることのできない私の想いです。社員たちにはぜひ「仕事で輝く」という姿勢を持って管理職を目指し、責任のある仕事にやりがいを感じてほしいですね。


保育士や助産師がいることもあり、お子様を会社に連れてくることを容認している株式会社とらうべ。「お母さんの働く姿を子どもに見せるのは良いことです」と南部社長も笑顔です。